多次元キネシオロジーと言葉の難しさ

皆さまこんにちは。

今日は多次元キネシオロジー言語化について書いてみようと思います。

友人からスキャンリストの単語をそのままに書かない方がいいよとの連絡を受け、確かに単語だけだと単語のエネルギーに引っ張られて誤解する人もいるな〜と(もちろん知的財産なので受講者以外にリスト的に公表してほしくない意図が1番強いと思うのですが)

なるほど!もっと文章と連動させて噛み砕いて書こう!と思い、少し手直しをしてみました。

よくスキャンリストで『この単語の要素は私には思い当たりません』というケースがあるのですが、この場合の単語というのは【エネルギーの説明】であって、そういう【エネルギーがある】という解釈をしています。

『エネルギーを言語化するとこういう感じのエネルギーだよ』というもので

『一言でいうと例えばドロドロした感じだよ』とかそれを更に性質として箇条書きするとこんな感じ、というものがリストに載る単語となります。

なので遺伝として持っている場合には【エネルギーとしてそれがある】というのが前提にあって、細かい性質の部分は他の遺伝とのバランスで相殺される、または目立たない、というケースが多々あります。

表現しようとすると難しいのですが、例えばマルドゥックという遺伝がありまして、大まかに2つの要素があります。

《アグレッシブで傲慢でプライドの高いバリキャリ女性イメージ》

《とにかくせかせかしていて落ち着かない、何事も見切り発車、興味の対象がコロコロ変わる、ネットサーフィン中毒》

だいたいイメージが掴めたでしょうか?

バリキャリとせかせかの総合したエネルギーがマルドゥックと名前がついていたとして、気が弱いとか優しいとか打ち消す性質の遺伝の方が強いとバリキャリ面が表に出づらくなります。

1人の人間の中に様々な性質が内在されていて、それらがシーソーゲームのようにその時に強いものが出て、弱いものが引っ込むを繰り返しているのです。

なので単語として捉えるでなくエネルギーとして捉えるということをなるべくわかりやすく書いていきたいなと思っています。

多次元キネシオロジーについて書こうとすると専門用語が多くなってしまい、いかにもスピリチュアル、ぶっ飛んでる、という印象を与えやすいのは承知の上ですし、時に誤解や二元性を生みやすい分野だなと感じます。

それらをどうフラットに書くか、表現するか、が私のワクワクポイントでもあります。《言語化》は私にとってやりがいであり、多次元キネシオロジーが言葉に重きを置く調整法であるからこそ、ここまで惹かれたのだと感じるからです。

人1人1人が多面体の成り立ちをしています。

それらを筋肉の反射とエネルギーの言語化で調整するというのは個人的にワクワクポイントなんですね(身体オタクかつ超文系の私)

これからも多次元キネシオロジーを更にわかりやすく言語化しようと思える良いきっかけになりました。

言語化することで少しでも多次元キネシオロジーの感覚が伝わったら嬉しいです。

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